学校間交流学習における協同性の研究

2003年関西大学総合情報学研究科博士論文
「学校間交流学習における協同性の研究」の紹介ページです。

学校間交流学習?

異学年、異校種、近くの学校、離れた学校、外国の学校と、あるいは、専門家や地域の人。コミュニケーションやコラボレーションを重視した学習が各地で試みられています。私自身、この何年か、特に小学校の学校現場での学校間交流学習の授業実践を見てきました。具体的には、NHK学校放送番組「インターネットスクールたったひとつの地球」「おこめ」と連動した交流学習プロジェクトの運営・サポート役にこの5年ほど取り組み、そのプロジェクト用の交流システム(いわゆるBBSですね)の設計・開発を手がけてきました。そして、それらを活用した素晴らしい実践を見てきました。

その一方で、交流学習にチャレンジする先生方からは、その面白さと同時に、難しさについてもたくさん聞いてきました。相手をどうやって見つけたらいいのか、先生どうしの打ち合わせはどこまでするべきか?テレビ会議することだけが目標になってしまったり、相手意識のないままの「発表ごっこ」、仲良くなったものの、それで子どもたちは何を学んだんだろう?などなど。

そこで博士論文では、学校間交流学習がどうしたら成立するのか、どんな要素があるのか、交流の種類は?そもそも、どう定義したらいいの?といったことを検討して、学校間交流学習の理論化・枠組みづくりをしてみました。以下は、この博士論文の中から結論の部分を抜き出して再構成したものです。各章へのガイドにもなります。学校現場の先生方が交流学習をはじめたり、実践している中で「あれ?」と思ったときの何らかの指針になれば幸いです。


学校間交流学習における”協同性”

学校間交流学習をひとことであらわせば「地域の離れた学校間をネットワークで結んだ学習」と言うことができるでしょう。けれどこれをもう少し詳しくその中身を考えた定義を考えると、なかなか難しい問題です。ネットワークを使った学習には、教室内でコンピュータを使って協調的な学習を支援するものや、専門家が遠隔で授業をするといった交流もあります。これらは協調学習、共同学習、協同学習、遠隔学習、遠隔授業など、いろんな呼び名がつけられ、一応の区別はされています。ここで「学校間交流学習」ならではの特徴を挙げるとすると次の3点が考えられます(「協同」概念については2章であれこれ議論しています)

  • 学級単位の交流が多い。間に立ち、学習をナビゲートする教師の役割の大きさ
  • 地域性(文化・風土)の差異が、学習の題材、文脈になっていることが多い。
  • 同じゴールにむかって協力するというより、それぞれの学級での学びを広げ・深めるための交流というニュアンス

論文では最終的に学校間交流学習の定義として、次のようにまとめることにしました。

「生活地域の離れた学習集団の間に協同的な関係を築き,
学習対象へのリアリティを獲得することを目指した教育方法」

ここでキーワードにしたのは「学習対象へのリアリティ」。メディアを通して他地域の人とコミュニケーションできるという実感。いっしょに学習をすすめてきた仲間だからこその信頼関係。生活地域の違う子どもたちから直接もらう情報をつなぎあわせた、地域を越えた学んだ内容についての確かさ。このような地域を越えた実感、信頼、確かさといったものを、「学習対象へのリアリティ」としました。教科書・放送番組、インターネットなどのメディアで調べたり、専門化や地域の大人に教えてもらうなど、交流学習で学ぶ内容は、他の手段でも代替できます。けれども、その内容をより実感したり、同じ年代の(けれども異質な)子どもたちの間で分かちあったりする手段が学校間交流学習なのです。

博士論文の目次をご紹介

目次概要
要旨
1 章 序論 研究の背景および目的 学校間交流学習が広まってきた現状と課題。この研究の目的は、学校間交流学習がどのような学習であるかを明らかにするとともに、その実践のための指針を示すことにあります。あとは2章以降へのガイドなど。
2 章 先行研究および関連する領域
2.1 学校間交流学習の定義
2.2 学校間交流学習の広まり
2.3 学びの協同性を探る
2.4 学校間交流学習における協同性
先行研究のレビューを中心に。学校間交流学習の定義、歴史的な経緯(交流学習の発祥はフランスにあり?!)を探ってみました。「学びの協同性」については、学習者が協同することの意義そのものと、それを取り入れた指導法をレビューし、学校間交流学習ならではの協同と、そこで得られる「学習対象へのリアリティ」とは何かを明らかにしています。
3 章 研究の方法
3.1 学校間交流学習の3階層モデル
3.2 研究プロジェクトの概要と分析モデルとの対応
この論文の研究方法について。4~6章では「コミュニケーション」「コミュニティ」「コラボレーション」の3つの視点からそれぞれ論を組み立てています。ここでは、3つの階層がどうして出来たのか定義するとともに、これまで取り組んできた交流プロジェクトのどの部分をどこに位置づけるのかを示しました。
4 章 交流場面におけるコミュニケーション・ツールの役割
4.1 メディアとコミュニケーション
4.2 コミュニケーション・ツールの利用動向
4.3 掲示板によるコミュニケーション
4.4 テレビ会議によるコミュニケーション
1つ目は「コミュニケーション」について。話す・聞くといったコミュニケーション力としての側面と、テレビ会議や掲示板といったツールの活用の2つの側面があります。道具として掲示板やテレビ会議システムがどのように活用されてきたのかを、47の実践事例より分析しました(4.2)。次に、2001年度のおこめの掲示板上で実践された岡山市立平福小学校と江東区立南砂小学校の実践を対象に、コミュニケーションを分析し、掲示板が交流学習にどのように役立っているのかを分析しています(4.3)。もう1つはテレビ会議について。これも2001年おこめプロジェクトの仙台市立南小泉小学校と富山市立水橋中部小学校の実践から、テレビ会議の様子をある児童の着目して書き起こし、1~3学期の変容と、そこでどのような指導がされてきたのかを見てみました。
5 章 多層的なコミュニティがつくる学習環境
5.1 学校間交流におけるコミュニティの多層性
5.2 実践のつながりが形作るコミュニティ
5.3 教師コミュニティが支える学校間交流
次は「コミュニティ」について。これは子どもたちがつくるコミュニティと教師間のコミュニティの2つに着目しています。5.2では、おこめの掲示板ログから、交流学習に参加した学校の関わり方をグラフ化してみました。5.3は「たったひとつの地球」のメーリングリストから、その一方で教師間ではどのようなやりとりがあり、交流テーマがどう変遷していったのかを調査しています。
6 章 コラボレーションによる学びとリアリティ
6.1 学習意欲を引き出す他者とリアリティ
6.2 学校間交流で教師がねらうもの
6.3 交流で変わる児童の意識
6.4 交流のテーマ設定と協同的リアリティの獲得
3つ目が「コラボレーション」。コミュニケーションツールを使い、コミュニティをつくりながら、学習として何をねらっているのかをまとめています。6.2はEスクエアの実践事例から学習目標の調査を行い、3つの層との対応を検証しています。6.3はおこめ・たったひとつの地球プロジェクトに参加した児童へのアンケート調査と、抽出児に対するインタビューから、児童が交流学習の際にどんなことを意識するのかを検討しました。最後に6.4では単元設計の中で交流相手との「差異」と「共通」をどのように学習に活かしているのかを分析しています。
7 章 結論 本研究の成果と今後の課題
7.1 学校間交流学習の協同性とリアリティ
7.2 学校間交流学習をはじめるための10のステップ
7.3 学校間交流学習の一般化に求められる支援環境
7.4 おわりに 今後の課題と展望
結論(の割には長いですが)です。学校間交流学習における「協同」「学びのリアリティ」とは何だったのかを4~6章の結果を振り返って整理しています。その結果出来上がったのが授業設計の「枠組みモデル」です。さらに次に、授業設計のポイントを10のステップとして示したものが「手順モデル」になります。ただ、これらのモデルは博士論文執筆以後、いろいろと手を加えています。
参考文献
謝辞
資料
最後は参考文献、謝辞、調査対象になった事例、インタビューの元データなど。皆様お世話になりましたm(_ _)m

博士論文のダウンロード

学校間交流学習における協同性の研究(PDF)

関連する学会発表・論文・書籍

  • Tadashi INAGAKI, Kenichi KUBOTA, Yuuji UJIHASHI, Haruo KUROKAMI, Kenji Kikue, Analysis on a Web Community to Promote Inter-Classrooms Collaboration, ED-MEDIA2002,pp.843-844
  • 黒上晴夫,稲垣忠(2002),”テレビとインターネットをつないだ共同学習”,水越敏行,ICTE編(2002),”メディアとコミュニケーションの教育”,日本文教出版,pp.131-150
  • Tadashi INAGAKI, Kenichi KUBOTA, Yuuji UJIHASHI, Haruo KUROKAMI Designing of a Web Community to Promote Inter-Classrooms Collaborative Learning with a TV Program,ICCE/ICCAI 2001
  • 稲垣忠,久保田賢一,宇治橋裕之,黒上晴夫,土井大輔学校放送番組と連動した学校間交流コミュニティの検討, 教育メディア学会第8回全国大会 一般研究(2001/10/06大分芸術文化短期大学 )
  • 稲垣忠・桑山裕明, フルデジタル教材おこめ, (2002/01/19 熊本市コンピュータ研究会)
  • 稲垣忠,放送番組と連動した 学校間交流学習コミュニティの設計, (2001/12/08 第12回教育システム若手の会)
  • 稲垣忠 放送番組を活用した交流学習 「おこめクラブ」の試みと現状, 関西教育メディア研究会 配布資料(2001/08/21アウィーナ大阪 )
  • 稲垣忠 学校間共同学習を支援するツールのデザイン 『たったひとつの地球クラブ』の試み, 富山交流学習研究会(2000/06/10 山田村ふれあいの里ささみね)
  • 稲垣忠・黒上晴夫・堀田龍也・山内祐平(2002) 学校間交流学習を促進する教師コミュニティの形成過程,教育メディア研究第8巻第2号,pp.1-16
  • 稲垣忠・堀田龍也・高橋純・黒上晴夫(2001) 学校間交流実践とコミュニケーション・ツールの関係性, 教育システム情報学会誌 Vol.18 No.3-4,pp. 297-307(2001)